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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)58号 判決

原告

ブロセク・ソシエテ・アノニム

被告

特許庁長官

主文

1  特許庁が昭和59年審判第1897号事件について昭和59年11月30日にした審決を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者双方の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年11月7日、名称を「材料の硬度試験方法及びその装置」とする発明につき1974年11月7日ドイツ連邦共和国にした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、昭和59年2月6日審判の請求をした。特許庁は右請求を昭和59年審判第1897号事件として審理したうえ、同年11月30日「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし(出訴期間として90日を附加)、その謄本は、同年12月22日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲(第1項)

衝撃装置によつて材料の硬度を試験する方法であつて、一体的に形成した探針を有する衝撃体を設け、又上記衝撃体を被検材料に向けて駆動するばね要素を含む駆動装置を設け、上記駆動装置を使用して被検材料に向けて衝撃体を駆動して探針を被検材料に衝突させると共に該衝撃体を被検材料から反撥させ、衝撃直前及び直後における衝撃体の速度を求めて、上記の速度から被検材料の硬度を測定したことを特徴とする材料の硬度試験方法(別紙図面(1)参照)。

3  審決の理由の要点

1 本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、前項記載のとおりである。

2 実公昭40―8479号公報(以下「引用例」という。)には、「衝撃装置によつて材料の硬度を試験する方法であつて、一体的に形成した探針を有する衝撃体を重力落下させて探針を被検材料に衝突させるとともに該衝撃体を被検材料から反撥させ、衝突直前及び直後における衝撃体の速度を求めて、この速度から被検材料の硬度を測定する方法」が開示されていると認められる(別紙図面(2)参照)。

3 本願発明と引用例記載の発明を対比すると、前者は衝撃体の駆動手段としてばね要素を使用しているのに対して、後者は重力によつて衝撃体を落下せしめる点で一応の相違が認められるが、その他には格別な相違は見当らない。

4  そこで、上記相違点について検討すると、反撥式硬度測定において、スプリングの蓄積された復元力によつて衝撃体を被検材料に衝突させて硬度を測定することは、既に当該技術分野において周知の事実である(特開昭49―57884号公報、実公昭46―708号公報、実開昭47―18582号公報、以下補助引用例1、2、3という。)そして、物体に力を加える方法としては、重力による方法とばね要素による方法とが通常広く行われていることを併せ考えると、反撥式硬度測定法において、衝撃体の駆動手段として、重力とばね要素を相互に交換してみること、つまり引用例に開示されている重力を利用する技術思想にかえて上記周知技術に係るばね要素を利用する技術思想を転用することに格別の困難性があるとは到底認められるものではない。

なお、請求人は、引用例に開示の技術は、2つの測定点にそれぞれ光伝導体を設けているため、寸法的ないし測定場所に制限を受け、衝突の直前及び直後の速度測定ができない旨主張するが、前認定の本願発明の要旨から明らかなように、同発明においては速度測定手段としては具体的な構成を欠いているので、請求人の主張を容認することはできない。

したがつて、上記相違点に格別の技術的特徴を認めることはできない。

5  以上のとおりであるから、本願発明は引用例の記載に基づいて当該技術分野の通常の知識を有する者が容易に発明できたものと認められるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。したがつて、特許請求の範囲第2ないし第4項記載の発明については論ずるまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

4  審決を取消すべき事由

審決の理由の要点1は認める。同2のうち引用例に「衝突直前の衝撃体の速度を求める」との記載があることは争い、その余は認める。同3は認める(但し本願発明と引用例記載の考案の相違点がこれにとどまるものではない。)。同4のうち周知事実の点は認め、その余は争う。同5は争う。審決は引用例の記載を誤認し、相違点に対する判断を誤つた結果、本願発明の進歩性を否定したものであるから、取消を免れない。

1 本願発明と引用例記載の考案の技術的内容

本願発明は、常に一定のばねの強制力で任意の方向に位置する被検材料に衝撃体を衝突させその硬度を測る硬度試験である。その構成によれば、水平方向に置かれた被検材料の表面に対しこれと鉛直方向(重力方向)に衝撃体を衝突させるだけでなく、水平方向に対しどのような角度に置かれた材料に対しても衝撃体を衝突させることができる。そして、本願発明では、駆動装置により衝撃体を右のように任意の角度に置かれた被検材料に衝突させ、明細書の発明の詳細な説明の項の6頁16行ないし10頁7行に記載されているように、衝突直前の速度と反撥した直後の速度を求め、両者の相互の関係から被検材料の硬度について誤差の少ない高精度の測定値を得ることができる効果がある。

これに対し、引用例記載の考案では、落下ハンマを単にその重力により被検材料の上に落しているにすぎず、これにより測定される被検材料は、所定の大きさでかつ測定面が水平になるように特別に製作しなければならず、機械装置その他の構造物に現に使われている材料の硬度をそのままの状態で測定することは不可能である。そして、同考案では次に述べるように衝突直後の速度のみを求めて、水平位置に置かれた被検材料の硬度を測定しているにすぎないのである。

2 引用例記載の考案の誤認(取消事由(1))

(1)  引用例によれば、ハンマが落下すると、先ず上方の光伝導体7の受光端面を光源6の光から遮断し、更にハンマが落下すると、下方の光伝導体8の受光端面を遮断し、ハンマが台板1上の試料片2(被検材料)に衝突して跳ね返り、上昇して下部光伝導体の傍を通過すると遮断していた同伝導体の受光端面を開く。すると、光源からの光が下部光伝導体を通つて、これに対応する光電変換素子に導入され、ゲート回路9を導通せしめ、クロツクパルス発生器10からのパルスがパルス計数器11に入り、パルスが計測され始める。更にハンマが上昇すると、上部光伝導体の受光端面が開くが、これによつて導通してゲート回路が閉じ、パルス発生器からのパルスがストツプする。

パルスが流れるのは、あくまでもハンマが試験片に衝突後下部光伝導体から上部光伝導体を通過するまでの間であり、その間に計測したパルス数からハンマの右通過速度を求めている(引用例1頁左欄下から8行目ないし右欄14行)。

(2)  このように、引用例によれば、ハンマの落下時に各光電導体の受光端面を一旦光から遮断し、試料片に衝突後にこれをまた光に開放し、このゲート回路の導通時にのみパルスを導入させて、ハンマの衝突後の速度を測定しているのである。したがつて、もしハンマの衝突前の速度をも測定しようとするのであれば、ハンマの落下中に光の遮断のみならず、解除をも行わなければならないが、引用例のような考案思想ではこれは技術的に全く不可能なことである。

それ故引用例に開示された硬度計は、あくまでも、ハンマの衝突後の速度を測定するものであり、その実用新案登録請求の範囲の記載も当然にこれを限定されるものであつて、被告の主張するように、ハンマの衝突前の速度も計測するものでは決してない。

(3)  引用例の明細書を見るに、その考案の詳細な説明の欄では冒頭で、同考案が金属試料片等の硬度を測定する装置に関するものであることを述べた後直ちに、同装置を図面にもとづいて説明している。この説明によれば、ハンマが試料片に衝突後上昇して、下部光伝導体から上部光伝導体を通過するまでの速度がその間に流れるパルス数から測定されるものと解する以外にはなく、さらに、考案の詳細な説明の欄が、実施例も含め、ハンマの衝突後の速度を測定する硬度計の説明に終始しており、衝突前の速度を測定する装置について何ら言及していない。

したがつて、ハンマの衝突後の速度のみを測定する引用例の装置は単なる一実施例ではなく、引用例の考案のすべてであるというべきであり、その限りにおいて被告主張の特開昭48―101981号公報(乙第1号証)の技術とは関連性のないものである。引用例の開示内容がいかなるものであるかは、同引用例の記載にもとづいて決すべきであり、記載されていない事項にまで及ぶものではない。

(4)  このように引用例記載の考案で測定されるのはハンマ衝突後の速度であり、審決が衝突前の速度をも測定すると認定したことは誤りである。

3 補助引用例との対比の誤り(取消事由(2))

衝撃体を試験片に向けて駆動するのに重力ではなく、ばねによつて行う方法が存在することは、補助引用例をまつまでもなく、周知であることは原告も争わない。しかし、単に衝撃体駆動手段としてばねを採用すれば、任意の方向に位置する被検材料の硬度を高精度で測定するという本願発明で意図された技術的課題が解決されるものではない。

例えば、補助引用例1では、コイルバネを使用しているものの、これと錘を介して結合している圧子はコイルバネもろとも試験片に落下せしめられ、試験片からの反撥高さないし試験片に生じた圧痕の大きさから硬度を求めるため、その精度は高いものではない。また、圧子の落下は重力によつて垂直に行われるのであつてその意味では引用例と同様に垂直落下型の測定方法であつて、被告の主張するように、スプリングの蓄積された復元力を利用して衝撃体を駆動する反撥式方法に相当するものであるとはいい難い。従つて、試験片も、硬度測定のために特別に作製した測定面が水平なものに限られ、本願発明のように、あらゆる方向に位置する、特別に作製する必要のない被検材料の硬度を非破壊的に測定し得るものではない。

さらに、補助引用例2は岩石、石炭等の硬度を測定するためのものであり、撃鉄ばねを介入して衝撃主体を間接的に試験体に衝撃せしめる牽引ばねの力は強力であつて、硬度の小さい被検材料に使用するのは、衝撃による損傷の可能性が大きいため、不適である。また、硬度は衝撃主体が撃鉄ボルトからのはね返り距離にもとづいて測定されるため、その精度は、ハンマの衝突前および衝突後の双方の速度から硬度を求める本願発明に比較すると、遙かに低い。打痕の大きさから硬度を測定する補助引用例3も同様である。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。

2  被告の主張

1 本願発明と引用例記載の考案の技術的内容について

本願発明が原告主張の明細書記載のように衝撃体を被検材料に衝突させてその直前及び直後の速度を求め、両者の相互関係からその硬度について誤差の少ない測定値を得ることができることは争わないが、後記のように引用例記載の考案でも同じ方法により同じ効果を得ているのである。

2 取消事由(1)について

(1)  引用例の考案の詳細な説明の欄には、パルス数はゲート回路の導通時間に対応しており、このパルス数からハンマの通過速度を求め、これから硬度を測定することが記載されている。

また、引用例特にその実用新案登録請求の範囲の欄には、

「試料片上にハンマを落下反射せしめ、その際に断続せられる光束を光電変換してゲート回路を開閉しその間にこれを通過するクロツクパルスを計数せしめる」と記載されており、パルスの計数がハンマの反射時のみに限定されないことが読みとれる。すなわち、引用例記載の考案は、ハンマの落下時及び反射時のそれぞれのパルス数を計数するものと認められる。パルス数からはハンマの通過速度が求められることは前述したとおりであるから、実用新案登録請求の範囲の右記載は、ハンマの衝突後のみでなく衝突前の速度も測定すると読むのが当該技術レベルからして妥当である。なお、考案の詳細な説明の欄にはハンマの衝突後の速度を測定する技術が開示されているが、これは単なる1つの実施例にすぎず、右の妥当性を有するものではない。

(2)  引用例を右のように読むことが当該技術レベルからして正当であることは特開昭48―101981号公報(乙第1号証)からも明らかである。これには、硬度の測定方法に関し、ハンマの接近速度と分離速度とを測定してその比を求め、これから硬度を測定すること(1頁右下欄18行ないし19行、2頁左上欄5行ないし8行、11行ないし13行、4頁左上欄13行ないし16行、4頁右下欄6行ないし7行)及びこの測定方法がハンマを垂直に落下させる方式にも適用し得ること(4頁左下欄12行ないし13行)が記載されている。この記載によれば、垂直落下型の硬度計測システムにおいて、ハンマの衝突前及び衝突後の両速度を求めることが公知であるということができる。そして、引用例記載の考案においても、落下ハンマを落下させる位置の違いによつてその落下速度が相違し、その結果反射速度にも相違がでてくるので、正確に硬度を測定するには、ハンマの衝突前の速度も実測式は計算によつて当然求めているものと考えられる。

したがつて、前記特開公報(乙第1号証)の記載からも明らかなように、硬度計測システムにおいて、ハンマの衝突前及び衝突後のそれぞれの速度を測定する方法を熟知している当業者であれば、実用新案登録請求の範囲の右記載は、ハンマの衝突後のみでなく衝突前の速度も測定すると読むのが当該技術レベルからして妥当なことといわねばならない。

3  取消事由(2)について

補助引用例からも明らかなように、反撥式の硬度計において、スプリングの蓄積された復元力を利用して衝撃体を駆動せしめることが広く行われているところである。これら補助引用例は、いずれも本願発明と同一の技術に属する硬度計に関するものであるから、同じく硬度計に関する引用例の装置と組合わせて本願発明とすることは、組合せの際に格別の工夫がなされたとも認められないので、当業者が容易にできることというほかない。

スプリングをこのように利用すれば、任意の方向から衝撃体を駆動できるのは当然のことであるから、原告がいうところの、任意の方向に位置する被検材料の硬度を自由に測定できるという効果(この点については、明細書には何も記載されていないが……)は、予測の範囲内にあるものといわざるを得ない。

原告は、補助引用例に記載されている硬度計は、バネの力が強過ぎたり、被検材料に打痕をつけたりする構成であるため、非破壊検査には不適であると主張する。しかしながら、審決において認定した本願発明の要旨からも明らかなように、本願発明には原告の右主張を支持する構成はない、換言すれば、そのような限定は何もなされておらず、結局、原告の右主張も当を得たものとはいえない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願発明の特徴について

1 本願発明が原告主張の明細書記載のように衝撃体を被検材料に衝突させその直前の速度と反撥直後の速度を求め、両者の相互の関係から被検材料の硬度について誤差の少な測定値を得る効果を奏するいわゆる硬度試験法であることは被告も争わないところである。

成立に争いのない甲第6号証(出願当初の本願明細書)、第7号証(昭和59年3月6日付手続補正書)によれば、本願明細書には「本発明は可動塊の作用下に探針を被検材料と衝突させるように構成した衝撃手段による硬度試験法及びその装置に係わる。」(4頁5行ないし7行)、「本発明の目的は測定精度のよい小型の且つ極めて簡単な試験装置で重力方向と無関係に迅速に硬度試験を遂行する動的試験法による硬度試験の方法及び装置を提供することにある。」(5頁7行ないし10行)との記載があることが認められ、この記載と前記争いのない事実と本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明はばね要素を含む駆動装置により衝撃体を被検材料に衝突させてその直前及び直後の速度相互の関係からその硬度を測定するもので、被検材料が必ずしも水平な平面に置かれている必要はなく、任意の角度に置かれていても、また、これをどの方向からでもその硬度が精度よく測定できる点に特徴があるものということができる。

2 前掲甲第6、第7号証により本願発明による測定方法を敷衍すれば、次のとおりである。

衝撃体が被検材料に衝突した直後の反撥速度を測定量として測定する場合は、反撥行程を測定する場合と異なり、衝撃方向及び反撥行程に沿つた摩擦力による影響を受けない値を示すが、被検材料の置かれた角度が異なる場合同一被検材料であつても、反撥速度が異なり、また、1個の被検材料の両面について垂直方向及びその逆方向から衝突させた場合も反撥速度が異なり、いずれの場も同じ測定値が得られない。これは、衝撃体が被検材料に衝突する際の速度が衝撃方向及び反撥行程に沿つた摩擦力の影響を受け一定でないことに起因する。そして、明細書の9頁16行ないし18行に記載されているように、右衝撃方向などに基づく衝突速度の変化が余り大きくなければ反撥速度もほぼこれに比例して変化するものであるから、衝撃速度の変化が余り生じないような方法で衝撃体を被検材料に衝突させれば(右のような衝突方法はばね力、衝撃体の質量等を適宜設定することにより決められる設計事項である。)、右衝撃速度と反撥速度相互の関係は同一の被検材料については、その置かれた角度、衝撃の方向いかんにかかわらず、ほぼ同じ値を示すことになる。本願明細書では、これを9頁14行においてVR/VA、同18行において又は(VR/VA)2(VRは反撥速度、VAは衝突速度)を特性値として例示し、これにより被検材料の硬度を精度よく知り得るものであることを開示している。

3  取消事由(1)について

1 成立に争いのない甲第2号証(引用例)によれば、引用例記載の考案に係る硬度計は、被検材料(試料片)上にハンマを落下反射せしめ、その際に断続せられる光束を光電交換してゲート回路を開閉しその間にこれを通過するクロツクパルスを計数せしめるとともに、前記断続光束をグラスフアイバのような光伝導体を介して光電変換素子に導入させるように構成したものであることが認められる。

2 前掲甲第2号証によれば、引用例の考案の詳細な説明の項には、考案に係る硬度計の原理、構成、効果について、(1)「今、ハンマ3を一定の高さから落下せしめると、先ず光伝導体7の受光端面を遮断し、次で光伝導体8の受光端面をも遮断して、試料2の表面に当り、試料2の硬度に応じた速度で上方に反射し、先ず光伝導体8の受光端面を開く。よつて光源6からの光が光伝導体8を介して光電変換素子に導入され、その変換出力によつてゲート回路9が導通し、クロツクパルス発生器10よりのパルスを計数器11に導入し始める。ハンマ3がさらに上昇して、光伝導体7の受光端面を開くと、前記と同様にして、光伝導体7に係合せしめた光電変換素子の変換出力がゲート回路9に導入されてこれを遮断せしめる。しかしてこの間にゲート回路9を通過して、パルス計数器11に導入計数されたパルス数は、ゲート回路9の導通時間、即ちハンマ3が試料2によつて反射上昇せしめられ、その下端が光伝導体8および7の受光端面間を通過する速度に対応し、この通過速度は試料2の硬度に対応するから、パルス計数器11のパルス計数値によつて、試料2の硬度を測定することが出来る。」(1頁左欄下から7行ないし1頁右欄14行)(2)「しかして、本考案においては、光伝導体7および8によつて、光源6よりの光を受光し、これを光電変換素子に導入するように構成してあるので光伝導体の各受光端部を薄くし、各受光端部の上下の間隔を極めて狭くすると共に、試料面からの設置位置の高さを極めて低くすることが出来るとで、ハンマ3が試料2の表面で反射した際の初速度を正確に測定し得ると共に、この初速度をデイジタル量に変換して測定するように構成してあるので、」(1頁右欄15行ないし24行)との記載があることが認められる。

右(1)の記載は、一定の高さから落下したハンマが被検材料に衝突し、その硬度に応じた速度で反射(反撥)するから、パルス計数器によりその反撥速度を測定することにより硬度を知ることができることを示し、(2)の記載は引用例がハンマが被検材料の表面で反撥した際の初速度の正確な測定を意図していることを示しているものということができる。

しかして、右記載はいずれも衝突後の反撥速度の測定に関するものであり、前掲甲第2号証によるも、引用例中にハンマが被検材料に落下して衝突する際の衝突速度を測定することに関する記載を見出すことはできない。

3 被告は、引用例の実用新案登録請求の範囲に「試料片上にハンマを落下反射せしめ、その際に断続せられる光束を光電変換してゲート回路を開閉しその間にこれを通過するクロツクパルスを計数せしめる。」との記載を根拠にパルスの計数がハンマの反射時のみに限定されない旨主張する。しかし、右記載中の「試料片上にハンマを落下反射せしめ、その際に断続せられる……」とある部分の「その際に」とは、「落下して反射する際に」との意であり、「落下して衝突する際及び衝突して反射する際」を意味するものでないことは文理上明白である。また、前記2において検討したように、引用例の考案の詳細な説明の項には、ハンマが落下して被検材料に衝突し反射する際の速度測定に関する記載があるのみで、衝突直前の速度測定に関する記載はないのであるから、明細書の全趣旨からも右登録請求の範囲の記載を被告主張のように解することはできない。

のみならず、引用例記載の考案は、前記のように硬度測定の手段としてばね装置を用いる本願発明と異なり専らハンマを落下させる重力を利用する方法を採択しているのであるから、測定に当つては当然被検材料は水平面に置かれハンマの落下開始地点、その形状及び質量は一定とされているものということができる。したがつて、ハンマが被検材料と衝突する速度は一定であり、衝突直後の反撥速度を誤りなく測定すれば正確な硬度の測定値が得られるのである(現に前記(2)の記載は反射した際の初速度の測定の正確性を引用例記載の考案の構成により奏せられる効果として強調している。)。そうであれば、本願発明と異なり水平面上の被検材料の硬度測定に係る引用例記載の考案において敢えてハンマが衝突する直前の速度を測定する必要性は乏しく、右速度の測定を意図しているものとは到底認められない。被告は右考案においても硬度測定の正確性のため衝突直前の速度を測定する必要があるとして、引用例における衝突直前速度測定の記載がある旨主張をするが、それが理由がないことは右に述べたことから明らかなところである。もつとも、成立に争いのない乙第1号証によれば、特開昭48―101981号公報(昭和47年4月7日出願、昭和48年12月21日公開)には被告主張のような記載があることが認められ、この記載によれば、引用例記載の考案のような垂直落下型硬度計においてもハンマの衝突前及び衝突後の両速度を測定する方法が適用されることがあることがうかがわれる。しかし、仮に引用例出願時において右のような測定方法が公知であつたとしても、既に検討した引用例の記載内容からみて引用例が右のような衝突前及び衝突後の両速度の測定を開示しているものと認めることは困難というべきである。

4  以上述べたところによれば、引用例に、衝撃体が被検材料に衝突する直前の速度を求める記載があるとした審決の認定は誤りである。

4  既に述べたように、本願発明は、衝撃体を自然落下させて硬度を測定する引用例記載の考案と異なり、ばね要素を含む駆動装置により任意の方向に位置する被検材料の硬度測定を可能とし、その際の測定精度を高めるため衝撃体の衝突直前及び直後の速度測定を行うものであるところ、衝撃体の衝突直前の速度測定の点においても、本願発明と引用例記載の考案が構成上相違するにもかかわらず、審決は引用例の記載を誤認した結果右の点を相違点として取上げ新規性又は進歩性の判断をすることを欠いたことは違法というほかなく、この違法は審決の結論に影響を及ぼすものというべきである。

5  よつて、その余の取消事由について判断するまでもなく原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 松野嘉貞 清野寛甫)

〈以下省略〉

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